TNR先行型地域猫活動について
今回お届けするさくらねこ便りは、どうぶつ基金の協力病院で兵庫県神戸市にある
「ねことわたしスペイクリニックKOBE」の山田亜美香様にご寄稿いただきました。
「ねことわたしスペイクリニックKOBE」には、これまでに多くのボランティア様と猫たちが
お世話になっており、関西に拠点を置く特定非営利活動法人「KATZOC(カゾック)」が運営しています。
ぜひお読みください!
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―猫をかすがいに人と人がつながり合う社会―
この言葉は、私が野良猫問題に関わるようになって、ボランティアという立場から
病院を立ち上げるに至った経験のなかでとても強く実感していることです。
この記事を通じて、それを多くの方に知っていただければ幸いです。
私は現在、NPO法人を運営しており、その事業の一つとして2019年2月に
神戸市灘区で「ねことわたしスペイクリニックKOBE」という、
猫の不妊去勢手術専門のクリニックを立ち上げました。
当初より、公益財団法人どうぶつ基金の「さくらねこ無料不妊手術」の協力病院となっています。
基本的に一般診療は行っておらず、不妊去勢手術専門として、
野良猫か飼い猫かに関わらず、日々多くの猫の不妊手術を行っています。
また、送迎サービスと捕獲サポートも行っており、高齢者や多忙な方、捕獲器を運ぶ移動手段のない方、
また野良猫を減らす活動をしたいけど何から初めたらいいか分からないといった方へのアドバイスも含め、
猫の過剰繁殖抑制がより円滑に進むためのサポートを行っています。
行政殺処分を減らすためには?
ご存知の方も多くいらっしゃるかもしれませんが、行政殺処分される猫のうち、
生まれて間もない所有者不明の子猫が占める割合は全国的にたいへん多く、
かねてから問題視されてきました。
野良猫が産んだ命が殺処分のような不幸な目にあったり、猫の数が増え問題行動が目立ち、
迷惑者になっていじめられたりしないよう、猫たちがそれぞれの地域で受け入れられ、
人と共生していけるように、全国で多くの方が骨の折れる活動を地道に行っておられます。
また、各自治体においても、手術費用の助成や相談窓口の設置など、
ここ数年でさまざまな取り組みが行われるようになりました。
しかし、猫の繁殖力はとても凄まじく、実際に活動できるマンパワーがまだまだ足りていない、
もしくはさらなる活動の合理化と効率化を考えながら進めていく必要があると、
強い問題意識を抱えてきました。
野良猫とは?
そもそも野良猫とは野生動物とは違います。
外に出て迷子になったり、人間の勝手な都合で捨てられたりした猫、またはその子孫です。
自由気ままに暮らしているように見えますが、その多くはとても過酷な生活をしています。
十分ではない食事、暑さや寒さ、事故や病気のほか、カラスなど他の動物に捕食されたり、
心ない人から虐待を受けたというニュースもよく流れてきます。
彼らは好きでそこにいるわけではなく、生まれた場所で彼らなりに一生懸命生きているのです。
なかには、迷惑だから、邪魔だからと排除しようとする方や、
かわいそうだからと餌やりだけを行う方もいます。
しかし、それは根本的な解決にはならず、さらに住民同士の対立につながる恐れがあります。
また、餌に毒を混ぜて撒くなどの行為は、今日の我が国における動物愛護の観点からしても
人道的な解決方法とはとても言えず、散歩中の犬や小さな子供にも危険が生じる許されない行為です。
野良猫の問題は「地域の環境を保全する」という観点からも、
本来は地域住民全体で考える問題だと言えます。
不妊手術をしたら増えないだけ?
猫に不妊手術をすることで、不幸になる命が増えないように繁殖コントロールすることができます。
しかし、その効果はそれだけではありません。
オス猫の場合はマーキング(尿)の匂いが軽減し、生殖本能がなくなるため性格が落ち着いてケンカが減り、
行動範囲も小さくなるといわれています。
オスメスともに、繁殖シーズンの独特の大きな鳴き声もなくなります。
地域猫活動とは、そうして一代限りとなった、ともに地域に生きる命を
みんなで見守っていこうという取り組みです。
かつては、野良猫を捕獲して不妊去勢手術をしたあと元の場所に戻すというような活動は、
小さな命に心をよせる一部の有志によってコツコツと、
あまり目立つことなく行われてきたように思います。
知らず知らずのうちに、地域の野良猫が耳をV字カットされた「さくらねこ」になっていた、
というご経験がある方も少なくないのではないでしょうか。
そうした有志の方々の功績によって、長年にわたり過剰繁殖がある程度抑制されてきたこと、
また環境保全が行われてきたことは間違いありません。
しかしその一方で、それらの活動は大変であるにも関わらず一般には理解されにくく、
さらには誤解され非難される対象になってしまうことがまだまだ多いのが実情です。
それはなぜでしょうか?
警戒心の強い野良猫を捕獲するためには、餌付けが必要となってきます。
警戒心を解くためだけではありません。餌付けによって得られるメリットは他にもあります。
責任を持ってTNRを行う餌やりボランティアの方々は、そのコミュニティの猫について
驚くほど細かく把握しています。
何時頃に何頭、どんな猫がくるのか、他の時間ならどうか、オスメスの比率、
病気や怪我の猫はいるか、それぞれの性格や行動パターン、
そして新しい猫の流入についてもいち早く気づきます。
これらは、効率よくTNRをするうえで大変重要な情報となってきます。
実際に、餌やりさんのいない現場の捕獲を何度も手伝ったことがありますが、
結果はだいたいにおいて散々なものです。いつまで経っても目標の猫が出てこず、
真冬の寒さにガタガタ震えながら数時間待ちぼうけしたり、
聞いていたのとまったく違う猫が次々と出てきたりなど…。
きっと同じような苦労をされた方も多いのではないでしょうか(^_^;)
もし、数頭でも捕獲できなかった猫が残り、それを後からフォローできなかったら、
繁殖力が高い猫は残った数頭からあっという間に増え、
結果的にせっかくの労力が無駄になってしまう恐れがあります。
目標としたコミュニティの野良猫の不妊手術率を限りなく100%に近づけるためには、
短期間でより多くの猫をTNRしなければいけません。
そのためには、猫たちの行動パターン、出現時間や場所など、
餌付けによって得られる情報は必須といえます。
TNRして終わり、ではない
また、その場所の猫が100%「さくらねこ」になったとしても、そこで終わりではありません。
他地域からの移動、または捨てられるなどして新たな猫の流入があった場合、
それに気づくことができなければ、知らず知らずのうちにまた増えてしまう恐れがあります。
そのため、野良猫を減らす活動については、
* 猫のコミュニティの把握
* その後のコミュニティフォロー
をセットで行うことが重要となってきます。
そして、それこそが地域猫活動と呼ばれるものに繋がっていくのです。
話は戻り「TNR活動は大変であるにも関わらず、一般に理解が得にくく、
さらには誤解され非難される対象になってしまうこともまだまだ多い」のはなぜでしょうか?
それは、「TNR」の多くが「地域猫活動」につながっていないからではないかと感じます。
いくらきちんと増えないようにTNRをして、ルールを守った餌やりや周囲の掃除をしていても、
その人とは別の無責任な人が、片付けをせずに餌をばらまいたまま帰ったり、
ゴミを置いたままにしたりすることがあり、そのような場合には、
餌やりをしているだけで「無責任で迷惑な人」と一緒にされてしまうことがあります。
また、こうした活動を行うボランティアは圧倒的に女性が多く、
近隣住民から大きな罵声を浴びせられたり、時には身の危険を感じる場合もあり、
丁寧に説明をしようとしても聞いてもらえず、夜中の遅い時間にこっそり活動を
行っている方も少なくありません。そうなると、残念ながらこうした活動はさらに
住民の目から遠ざかったものになってしまいます。
小さな命のため、ひいては町のために奔走される方々が、
このように肩身の狭い思いをしているという相談は本当に多く寄せられています。
本来であれば、地域の野良猫問題はその地域で取り組み解決すべきことですが、
どこにでもそうした意識があってアクティブに動ける人材がいるとは限りません。
そのため、猫がみるみるうちに増えてしまい、糞尿被害や大きな鳴き声、
庭を荒らすなどの問題行動により、猫に対して快く思わない住民も増えてしまいます。
また、そうした地域では「こっそり餌をあげる住民」が多く存在します。
猫をお腹いっぱいにしてあげたい、きっとそういう優しい気持ちからの
行動であろうとは思いますが、手術をせずに餌付けだけする行為が逆に猫を窮地に
追いやってしまうのです。そうして「餌やり VS 餌やり反対」のような対立が
地域にできてしまうと、さらに人と猫の共生について理解が遠のいてしまいます。
そのような状況を知った他地域の方が心を痛め、猫のTNRを行う場合がありますが、
それで一時的に野良猫を減らすことはできたとしても、その後のフォローが浸透せず、
なかなか地域猫活動には繋がりません。
地域猫活動は、その名の通り「地域で猫の活動をする」ことです。
つまり住民みんなで取り組むことであり、一般的には町会や自治会単位で行われています。
それには、町会長、自治会長等を筆頭に、町会役員、または地元の商店や企業など、
地域においてある程度の住民たちの合意形成を要します。
この活動はいったいどういうものなのか?何のために誰のためにやるのか?
誰がどのように行っていくのか?冷静で丁寧な説明を行い、理解を得る必要があります。
具体的にいうと、町会で「のらねこ対策説明会」のようなものを開催してもらうとか、
回覧板で回してもらうなどが実際に行われています。
しかし、ここが大きな課題だと感じています。
誰かに何かを体系的に、俯瞰した立場で説明することは思ったより難しいですし、
地域のさまざまな人の立場に立って物事を考えることができるコミュニケーション能力や
共感力も求められます。その地域によって野良猫問題の状況や温度差もさまざまあるでしょうから、
なかなか一筋縄ではいきません。
「TNRをして野良猫を増やさないようにしたいから、地域の理解を得たい」と思って
説明をして回っている間にも、猫はどんどん増えていきます。
何も着手していないので住民には実感がなく、なかなか理解してもらえない、
そして合意を得るまでにさらに猫が増えてしまう…。
これではどんなに熱い気持ちを持って挑んでも、どこかでくじけてしまいそうですよね。
そこで、どんどんTNRを行いながら、地域の理解を得ることを同時に進めていくことが
望ましいと考えています。そして、可能なかぎり地域住民を巻き込んでいくことが大切です。
ファーストステップとして、当クリニックの利用者の方々が行っておられるのは、
住民の声を聞くということです。「地域の猫について何かお困りのことはありますか?」と
丁寧に聞き込みをしていくのです。なかには、怒り心頭で対応する人もいるそうですが、
そうした場合であっても、なぜそれほど怒っているのかをその人の立場になって
しっかりヒアリングをすることが大切ということでした。
心ない言葉を浴びせられることがあってもグッとこらえて「なるほどなるほど」と、
その人に寄り添って言葉を引き出していくのだと言います(たいへんな活動です!)。
そうして聞き込みを続けていくと、糞尿被害や無責任な置き餌によって
家の前に虫がわいて迷惑しているなど「猫が嫌いなわけじゃないけど何とかしてほしい」と、
ほとほと困っている地域の姿が見えてくるのです。
猫が好きな人、猫が増えすぎて心配している人、猫の問題行動に怒っている人、
どんな立場の人も野良猫だらけの状態はよくないと思っています。
立場は違っても共通の思いがそこにあります。
これこそが地域猫活動の理解に繋がっていきます。
地域猫活動のメリットとは
住民同士で課題に取り組むことによって知り合いが増え、昨今希薄になりがちと
言われる地域コミュニティにおいても大変ポジティブな側面があると感じます。
対立から融和へ、お互いの理解が深まると、一層明るく住みよい町になっていきます。
私が関わっている例を出しますと、野良猫が増え放題、餌をあげるだけの人が
たくさんいて大変だった地区がありました。ボランティアの方が懸命になって
町会の理解を得て説明会を重ね、ボランティアが中心となって一斉TNRを数回に渡って行い、
その進捗をさらに報告していく、ということを半年ほど続けてきました。
今では町会を筆頭に、手術をした野良猫のために住民の方々が「置くだけならいいよ」と
トイレの設置に協力してくれたり(掃除はボランティアが交代で行います)、
回覧板で取り組みについてこまめに発信をしてくれたり、
餌や猫砂などの費用についても町会費で負担してくれるまでになりました。
ついに、最近ではのらねこ見守り隊が発足し、住民主導でオリジナルウェアまで製作しています。
どの地域でもここまで理解を得られるかといえば、そうではないでしょう。
できるだけ前向きな方の多い地域から順番にみんなを巻き込んで進めていく、
本当に地道に継続していくしかない大変なことです。
けれど、町にともに暮らす小さな命に配慮し、お互いの存在を認め合いながら
暮らしていける地域は、なんて素敵なんだろうと思います。
きっと、明るくて高齢者や子供にも優しい町なのではないでしょうか。
敷居の高い活動ではなく誰もが参加できるものへ
当院で捕獲サポート、送迎サービスを始めたのは、一部の人だけが頑張るのではなく、
より多くの人が目の前の猫だけでも手術してくれたら一気に終わるのにな、と
思ったことがきっかけです。
私自身、ボランティア時代から捕獲した猫たちを車で病院まで搬送するだけの
お手伝いをしていたことがあり、当時から、野良猫が気になってるけど車や捕獲器がない、
手術するお金がない、何をすればいいのかわからない、といったご相談を数多く聞いてきました。
そこでこう思ったのです。「それさえクリアすれば、野良猫を見つけて捕獲したり、
見守ってくれたりする人は意外と多いのでは?」と。
これまでも、皆さんがそれぞれできることで協力し合いながら、こうした活動を行っています。
私たちは、それをクリニックのサービスとして提供するという選択をしました。
そのなかで嬉しかったことの一つは、はじめ右も左もわからず当院にご相談に来られた利用者の方が、
今では自分で捕獲器を購入し、次々と猫をTNRする立派なアクティブボランティアとして
活躍していることです。今ではすっかり頼もしくなり、猫の見守りのために頑張っている姿を見て、
自分たちのサービスが「はじめの第一歩」を踏み出すきっかけになれているんだな、
と実感することができました。
自分の周りだけでも何とかしたいけど、何となく野良猫活動は難しそう…
「捕獲?捕獲器?動物病院はどこに行けばいい?お金はいくら?」など
専門的で敷居が高いイメージのある野良猫活動を、私たちのような存在が介入することで、
ぐっと参加しやすいものに変えていける可能性を感じています。
また、地域猫活動においても、活動はあくまで地域の人たちがやるのですが、
その活動をアドバイスとともにサポートできる人、例えば、
地域住民と行政の間に入って調整を行う、もしくは餌やりさんと地域住民の間に入って
合意形成についてサポートするなど専門知識や経験のある人、またはNPOなどが
今後どんどん求められていくのではないでしょうか。
少数のそうした専門的なリソースを効率よく多くの地域で活用することで、
より効果的に地域猫活動が進んで行くのではないか、と個人的に思ったりしています。
手術料金は誰が払う?
最後に、TNRにおいて手術料金の捻出については大きな課題です。
その猫の面倒を見ている餌やりさんが出す場合、協力ボランティアが出す場合、
地域の人たちからカンパを募って出す場合などもありますし、
お住まいの自治体で助成金が用意されている場合もあります。
また、忘れてはならないのがどうぶつ基金さんの無料不妊手術チケットです。
費用の捻出に困っているという相談の場合は、必ずお伝えしています。
また、どうぶつ基金さんの不妊手術無料チケットには、行政枠チケットというものが
用意されています。これは、どうぶつ基金から行政(市役所や役場など)を通じて
発行されるものであり、一気にTNRを進めて地域猫活動を行いたい場合などは、
多額の費用負担に悩まされることなくスムーズに前進することができます。
(お住まいの地域が利用可能であるかどうかは、お住まいの役所へお尋ねください)
当クリニックのある地域には、野良猫はほとんどいません。
住宅も多く阪神電車の高架下もあって、猫にとっては一見住みやすそうな町なのですが、
いつも見かけるのはきまった「さくらねこ」さんが2頭、
いつも同じお家の軒下でのんびり暮らしているだけです。
実は数年前に、この辺り一帯を一気にTNRした方々がいたそうです。
近くの住民の方は、かつては野良猫だらけですごかったと言います。
今では、本当に少し寂しいくらい(?)に野良猫がいません。
さらに、この地域から行政へ持ち込まれる子猫もほとんどいません。
一斉にTNRをして、フォローを継続していくことで不幸な命をむやみに奪わなくてもいい
未来が確実に実現できると実感しています。
最後に
猫と人がともに暮らしていくことについて、正解があるとは思いません。
住宅が密接した地域、工業地帯、緑豊かでのどかな地域、
それぞれの場所にそれぞれの形があると思っています。
ただし、これだけは言えることがあります。
私たちが、今生きている大人として、この国を担っていく子供たちに伝えたいことは何なのだろうか?
できれば、今日より明日、今より少しでもいい未来をいつかバトンタッチしたいと思いませんか?
私はいろいろな命の存在が譲り合いながら、
ともに優しく暮らしていける未来をプレゼントしたいと願っています。
理想論かもしれません。だけど、理想なくして未来を描くことはできません。
現代に生きる大人として、安易な答えに逃げるよりも、
真正面から命と向き合う社会の姿、大人たちの姿を見せていきたいと願っています。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
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いかがでしたか?
人と動物がお互いの命に敬意を払い、その存在を認め合う町。
自分が暮らす町もそんな素晴らしい町であってほしいと、強く感じました。
2020年度も、全国のボランティア様や協力病院と力を合わせて、
さくらねこ無料不妊手術事業を進めてまいります!
全国の協力病院で行われている無料不妊手術は、皆さまのご支援で支えられています。
このような大変な時期に恐縮ですが、1頭でも多くのさくらねこを誕生させるためにも、
ぜひ継続したご寄付をご検討いただけましたら幸いです。
何卒よろしくお願いいたします。
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