【ちきゅう部だより】ちきゅうのはじっこで考える vol8
こんにちは
どうぶつ基金事務局です。
本日は「ちきゅう部だより」の第8弾をお届けします!
アウトドア&通訳ガイドの青崎涼子さんが語る旅のお話、
今回は避暑地として人気のある上高地の素敵な写真とともに
語られる自然を楽しむ上で忘れてはならない大切なお話です。
昨今は空前のキャンプブーム。
今年も大自然のなかでのキャンプを楽しむ方も多いのではないでしょうか?
ただ、豊かな山は人間だけのものではありません。
自然が豊かであればあるほど、そこに暮らす動物たちも多いはず。
2020年、日本屈指の山岳景勝地・上高地で
起きてしまった熊と人間の不幸な遭遇。
その後、どのような取り組みが行われているのでしょうか。
そして、そこから考える野生動物と人間との距離の取り方とは…?
ぜひご一読ください。
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ちきゅうのはじっこで考える vol8:上高地の熊
日本で好きな場所はどこですか?
海外からのお客様をご案内しているとき、よく聞かれる質問です。
日本の象徴である端正な姿の富士山、
心鎮まる京都の枯山水庭園の数々
細部に渡るまでの緻密な彫刻に圧倒される日光東照宮。
有名な観光地はいろいろありますが、
自然好きの私がいつも口にするのは、上高地。
長野県松本市にある、標高約1500メートルに位置する山岳リゾート地、
中部山岳国立公園の中心地です。
上高地の中心に架かる、シンボルともいえる河童橋からは、梓川の透き通った
水の流れ、上流に3000m級の北アルプスの中心穂高連峰が望めます。
ここからの景色は、写真やテレビでご覧になった方も多いでしょう。
河童橋から見る穂高連峰と梓川
観光客が増えてきた1970年台、自然への影響を危惧した上高地は、
早くからマイカー規制を開始しました。現在、上高地へ向かうには、
下の集落で乗用車からシャトルバスに乗り換えないといけませんが、
そのシャトルバスも、低公害車量のハイブリッドバス。
車の排気ガスの影響を最小限に抑えようという絶え間ない努力のおかげで、
多彩な動植物、空気や水の美しさが今も保たれています。
いろいろな形で楽しめるのも良いところ。
高級リゾートの帝国ホテルから始まり、芥川龍之介や高村光太郎といった
文人も投宿していた、歴史ある温泉宿、さらには森の中のキャビンや
キャンプ場まで、上高地近辺の宿泊場所はバラエティに富んでいます。
私も、季節を変え、遊び方を変え、何度も足を運んでいる場所です。
ホテルのテラスで優雅にお茶なんていう楽しみ方も。
どんな人でも楽しめる、懐深い上高地。
さて、今日は、そんな宿泊施設のひとつ、河童橋のすぐ近くにある、
小梨平キャンプ場のお話を。
このキャンプ場は、上高地の入り口となるバス停から徒歩10分、河童橋近辺の
賑わいを抜けたすぐの場所、カラマツ林の中にひっそりとあります。
テント場の他にもキャビンでの宿泊もでき、また、食堂、売店、共同浴場なども
あるので快適。バス停からすぐ近くということもあって、家族連れや
初心者の方でも気軽に利用できる、森の入り口のお手軽なキャンプ場です。
キャンプ場の一角、カラマツ林の中のキャビン棟
このキャンプ場で、2年前、2020年の8月、女性が、熊に襲われて怪我を
するという事故がありました。トイレ前で一人用のテントを張り就寝中だった
女性が、夜中、テントごと引き摺られ、テントを引き裂こうとしたツキノワグマに
爪で引っ掻かれ、右足を縫う怪我。熊は、テント内の食糧が目的だったようです。
4日後にこの熊は麻酔で捕獲され、死亡が確認されました。
報告書を読んでいると、この日だけでなく、その2週間前あたりから、
熊の目撃情報が相次いでいたようです。
翌年、2021年の夏に私が行ったときは、キャンプ場は、新たに熊対策が
なされていました。場内に、鉄製コンテナが設置されており、熊が匂いに
釣られてテントに近づかないよう、食糧はすべてこちらに保管するように
なっていました。遠くまで見通しがきくように、キャンプ場の周囲の笹藪が、
きれいに刈られていました。
また、隣のビジターセンターでは「熊講習会」が毎日開催されており、
ここが熊の生息域だという情報発信、啓蒙活動がなされるようになっていました。
新たに設置された食糧保管コンテナ
コンテナ内に食糧を保管することで、熊がテントに近づかないようになる
このビジターセンターの職員の方々は、上高地の生き字引。
彼らの森案内が楽しみで、時間があれば毎回参加するのですが、
この時に聞いた話は、私の想像力の及ばなかった話でした。
鳥の大好きな職員の方。日々、園内にやってくる野鳥を観察されて
いらっしゃいます。最近、どうもウグイスの声が聞こえなくなった、
ウグイスというのは、笹藪を生息地とするので、もしかしたら、
キャンプ場の笹が刈られたので、移動してしまったのかもしれない、と。
熊対策をするとウグイスがいなくなる!
関係なさそうなふたつが、実はつながっている。
毎日観察している人ならではの気づきに、はっとした私です。
薮は見通しがきかないので、キャンプ場の周りはすっきりと刈られていました。
こちらは藪の中に入っていく猿。猿もまた、上高地を悩ませている問題…
自然界の、森の中の、繊細で絶妙なバランスを感じざるを得ません。
多様な動植物の生態は、バラバラに存在しているのではなく、
全てのものが有機的につながっている。
ほつれた糸を1本、ピーッと引っ張ると、編み込んであったセーターが
ハラハラと解けていくように、静かな湖面に石を落とすと、
丸い水紋が広がっていくように。森の中は、それぞれがバラバラに
存在するのではなく、少しずつ繋がっていて、影響を与え合っているのでしょう。
キャンプ場の笹藪で鳴いていたであろうウグイスは、今はどこで鳴いているのか、
元気にしているのかと、熊でなくウグイスに思いを馳せた私でした。
上高地は、多様な自然林に覆われているので、多くの野鳥たちが生息していて、
早朝、日の出とともに散歩をすれば、鳥たちのさえずりを楽しめます。
さて、話は飛びますが、私のアウトドアの原体験はアラスカです。
アラスカにはツキノワグマよりずっと大きなヒグマが至る所に生息している。
その原野を旅してきました。
アラスカはグリズリー(ヒグマ)の生息地
観光客が気軽に野生の熊を見られる、カトマイ国立公園。川に上がってくる
サーモンを捉える姿を、誰もが木製デッキから間近に見ることができる
人気の場所です。ここでは、小型飛行機で公園入り口に着陸すると、
まずすぐ横にあるビジターセンターへ連れて行かれ、国立公園のレンジャーの
方から、ヒグマのいる場所での行動の仕方を徹底的に教わります。
曰く、自分の親指の大きさより大きく見えるクマは、距離を詰めすぎだから
離れるように。曰く、公園内は、食糧を持って歩かないように、と。
また、アウトドア学校の授業で、チュガッチ山脈を1ヶ月歩いたときは、
いくつもの決まりがありました。どんなに窮屈でも、面倒くさくても、
クマが当たり前にいる場所にお邪魔する以上、守らないといけないルール
なのだと、教わりました。
*キャンプをするときは、食事をする場所とテントを張る場所を100m
以上離して設置する。
*食糧、日焼け止め、歯磨き粉も含め、匂いのするものをテントにいれない。
テントに入れるのは寝袋と着替えだけ。その他のものは、キャンプ場に
専用コンテナがあるときはそこへ、高い木があるときは木に掛け、
何もないときはテントから100m以上離れた場所へ食糧を置いておく。
北極圏で旅するときは、キッチン(食糧置き場)とテントは離れたところに設置
*熊に自分の居場所を知らせること。気配を出しておくこと。移動中は、
常に声を出しながら歩く、また、常に4人以上で行動すること。
それがたとえトイレにいくときであっても、一人では行動しない。
*ベアスプレーは常に、手が届く場所に携帯しておく。歩いているときも、
寝る時も、食事をしているときも。
*熊の気配に常に気を配る。落ちている糞の新鮮さ、水場に向かうトレイルに
ついた足跡、引っ掻いた跡が残る木の幹、獣臭。
*子熊を連れた母熊の気性が荒くなるなど、熊の生態を知る。
トイレに行くのに毎回、一緒にいってくれる3人を見つけるのはなかなか
大変ではありましたが…、当時は、面倒とも思わず、律儀に4人組になり、
ベアスプレーとスコップを片手に持ち、トイレに出かけていました。
大きな自然の中で、文明の手が入っていない場所を歩いていると、自分も
この自然の中のちっぽけな生き物のひとつにすぎないと素直に思えます。
うさぎになったかのように、常に少し緊張しながら、何かの気配が
ないかどうか、音に耳を澄ませています。寝ているときも、テントを叩く
静かな風の音に、目が覚めるのです。そのおかげかどうか、
1ヶ月歩いていても、気配はあっても、熊に実際に会うことはありませんでした。
久々に街に戻り、建物の中のベッドで眠るとき、ようやくその緊張感を
手放し、朝までぐっすりと、熟睡したのを覚えています。
グリズリーの落とし物をみかけたら、新鮮さを気にかけます。
アメリカには、もう随分前から、Leave No Trace, (リーブノートレイス)
という考え方があります。自然の中で遊ぶとき、環境に与えるインパクトを
できる限り小さくするために守るべき7つの約束。その6つめが、
Principle 6: Respect Wildlife
野生動物を尊重しよう、
です。
明らかな因果関係はわかっていないようですが、熊が人里に出てくる
ケースが増えているようです。
異常気象で山に餌がないから、過疎化が進み、緩衝地帯となる里山が荒れ、
熊と人間の生活圏が重なり始めたから、はたまた、ハイキングやキャンプ、
山菜取りなどで、人間が熊のエリアに容易に入り込むようになったから…。
複合的な要素が絡み合っているのでしょうが、熊は、誰もいないような
遠い離れた山奥でなく、思っているよりも近くに、すぐそばで生きている
のではないでしょうか。以前のバランスが保たれていないなら、
新しいバランス、両者が共存できる道を探っていく必要があるでしょう。
地球は人間だけのものではありません。
街中にいると、全て人間が便利に生きていけるようにお膳立てされた空間で、
その事実を忘れがちですが、自然の中に入るということは、他の生物も
同じように生きている場所に行くこと。
一昨年の上高地の事故は、人間にとっても熊にとっても悲しい出来事です。
宇宙船地球号の上で生きる同じ乗合員として、
他の動物と共存していくために、山に入るからには、相手をよく知り、
相手を敬う行動を心がけたいものです。
熊の生態を知り、食糧の保管に気を配る。人間と食糧を結びつかせない
少しの努力を皆がしたら、熊も、キャンプ場には何もないとがっかりして、
山の中の食糧を探しに、踵を返すのではないでしょうか?
美しい上高地、訪れるなら野生動物の生態も学んで、楽しく自然と遊びましょう!
<文、写真とも 世界のはじっこを旅するガイド、青崎涼子>
参考サイト
朝日新聞デジタルニュース
https://www.asahi.com/articles/ASN895TWKN89UOOB00G.html
小梨平キャンプ場
https://www.nihonalpskankou.com/faq/
ピッキオ
上高地小梨平キャンプ場ツキノワグマによる人身事故現場検証について(報告)
https://bit.ly/3PIwlZT
クマ類の捕獲数(環境省)
https://www.env.go.jp/nature/choju/effort/effort12/capture-qe.pdf
Leave No Trace Japan
https://lntj.jp
環境省 クマと共存するために
https://www.env.go.jp/nature/choju/docs/docs5/docs5-kuma.pdf
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https://i.r.cbz.jp/cc/pl/gxrx5667/lvl6n9s9e6c6/imdvi6zs/
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