【ちきゅう部だより】ちきゅうのはじっこで考える vol4

こんにちは
どうぶつ基金事務局です。

本日は「ちきゅう部だより」の第4弾をお届けします!

アウトドア&通訳ガイドの青崎涼子さんが語る旅のお話、
今回は国内での徒歩の旅です。

今や様々な移動手段でさっと行き来ができるようになりましたが、
一歩一歩と進んでいく旅では、普段には見過ごしていたような、
いろんな光景を見せてくれています。

昔から存在している素晴らしい風景に心なごむ一方、
そこには人間によって破壊されている環境の問題がありました。

失われかねない動物や自然の姿。改めて一人一人が大切にせねば、
と考えさせられるお話です。ぜひご一読ください。

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ちきゅうのはじっこで考える vol4:伊豆半島の秘境、
南伊豆トレイル50キロ徒歩の旅

みなさん、こんにちは。
世界の辺境地を旅するガイド、青崎涼子です。

ロングトレイル、って耳にされたことありますか?

登山では、山の頂上を目指しますが、村から村へ、
横に延びるトレイルは、頂上を踏むことにこだわりません。
登山道、自然散策路、昔から使われている地元民の生活道、
車道などをつなぎ、横へと延びる「歩く道」です。

車なら1時間で移動できる場所を、3日もかけて歩くなんて
馬鹿げているように思えますが、これがなぜか楽しい。
時速3キロで流れていくゆったりしたスピードは、
その地域の自然や歴史、文化を、事細かに、余すことなくみせてくれます。
車窓から流れる時速100キロの景色より、カタツムリのような、
時速3キロで流れていく時間は、意外と豊かなもので、心が満たされる旅の形です。

というわけで、今月は、一足早い春の匂いを求め、
伊豆半島の最南端、「南伊豆トレイル」50キロを歩く旅です。

南伊豆の青い海に沿って走る複雑な海岸線、
火山活動と浸食作用で露出したダイナミックな地層群。

そして、昔は風待ち港として栄えたものの、今は主要道路からも離れ、
現代から切り離されたかのようにひっそりと存在する漁港の村落。
これらをつないで歩いていきます。

<地図:今回歩いたのは、伊豆半島の突端、松崎町~南伊豆町~下田市の海岸沿い>

出典googlemap

スタートは西伊豆の松崎町。

環境省が要所要所に立派な案内板、道標をつけてくれているので、
地図に頼らずとも歩ける、整備されたトレイルです。

まず嗅覚を刺激してくれたのが、1月に花を咲かせるニホンスイセン。

海から球根が漂着して日本に帰化した花だからかどうか、海岸沿いに多く咲いています。

今回は訪れませんでしたが、下田の爪木崎では300万本!のスイセンが自生しているとか。

歩いていると、潮風に乗って、どこからともなく甘く爽やかな香りが
鼻腔をくすぐり、もうそれだけで、幸せな気分になります。

1965年にバス道路ができるまでは、こういった山道が地元民の生活道だったそうで、ところどころ、
平たく慣らした跡や石垣、苔が生えて森に還ろうとしている道祖神や馬頭観音が、
当時の様子を空想する手がかりになります。

もっと前、江戸時代には、盛んに石材を運び出していたようで、
石切場跡地も数多く残っています。ここの何トンもある石が江戸まで運ばれ、
江戸城の石垣になっています。どれだけの労力が必要だったのか!

入り組んだ海岸線、見てとれますか?

南伊豆は、海は崖、後ろは山なので、海からも陸からもアクセスがしにくい場所。
少し前までは、「風待ち港」として随分と栄えただろう集落も、
今は、ひっそりと時間が止まったように残されています。

雲見にある烏帽子山は、海から急傾斜で立ち上がる標高163mの山ですが、
頂上にはなんと雲見浅間神社の本殿が。
450段の急な石段、そして10分の山道を登りたどり着く神社。

港町の人にとっては、海の様子を窺える大切な場所なのでしょう。
上から見る西伊豆の海岸線パノラマは絶景です。

東京近郊の低山は、冬は枯れ葉を踏み締めながら歩くことが多いですが、
暖かな伊豆では、年中青々とした緑が続く照葉樹林帯。

木漏れ日美しいトレイルを歩く気持ちよさ。

照葉樹林帯ルートを歩いて辿り着くのが、伊豆名所のひとつ、波勝崎。

真っ青な大海原と火山が作り出した切り立った岩場に、野生の猿が300頭ほど暮らしています。

「モンキーベイ」という施設、入場料を払って管理棟内に入ると、さつまいもの餌やりができるとか。

私たちは、日没までに目的地に辿り着きたく、あまりゆっくりする時間がなかったのと、
「野生動物に餌やり」をすることへの違和感もあり、入場せず。
入り口にでてきたオスザル数匹を、遠くからカメラに収めただけでした。

ですが、なんとなく気になり、帰宅後に調べると、話は簡単ではないのでした。

戦後、炭焼きの仕事が減って困ってしまった地元民が、打開策として、
野猿に餌付けをし、観光客相手に仕事を始めます。

丁寧な解説が話題を呼び、
70年代は年間46万人もの来場者があったとか。それも徐々に翳りをみせ、
2018年にはとうとう年間2万人まで来場者が落ち込み、一旦休園します。
2020年に経営者が代わり、クラウドファンディングで支援金を集め、再出発。

人間に餌を頼って生きているサルは、このまま餌をやらずに放っておいたら、
地元の田畑を荒らし兼ねない。

一度、人間と餌を結びつけてしまった以上、最後まで面倒をみる必要があります。

今後、少しずつ、餌付けの規模を減らすなどして、また猿が山に戻って
自分で餌を探せるようになるまで、少しずつリハビリするためのサル園の再開。

野生動物と人間の歴史。
過去があって今があり、今の行動が未来につながる。

人間の都合が自然に及ぼす影響を考えるいいチャンスだったはずなのに、
何も考えずに大切な情報をシャットダウンしてしまっていた
自分の浅はかさを、少し反省です。

餌をもらうためなのか?
かなりのスピードで通り過ぎる車も全く気にせず、車道の真ん中で
寛ぐサルたちが、ちゃんと山に戻れますように。

伊豆は霜が降りない温暖な気候なので、
キダチアロエが露地栽培されており、時折アロエの花畑に出くわします。

森を抜けると見晴らしのよい草原地帯。
海岸線を眼下に見下ろし、気持ち良い箇所です。

この草原は、もともとは、萱場として、屋根材や炭俵の材料を取っていた場所。
人々の暮らしが作り出した景色です。

茅葺の屋根も、炭もほぼ使わなくなった今、荒れ果てた道を、
地元の人が「よい場所だから」と再整備してトレイルになったのだと、
宿泊した民宿のご主人が教えてくれました。

ジャングルや草原を数時間歩くと辿り着く吉田集落。

今残る建物は、数軒ほどの、本当にひっそりとした集落には、
樹齢800年のビャクシンが、神社の前に鎮座しています。

南伊豆の歴史をずっと見守り続けてきたであろう、
この巨木の堂々とした佇まいに、思わず手を合わせます。

吉田の集落からは、かなり奥まった箇所へと入っていきます。

険しい断崖絶壁につけられた階段。
海の荒々しい海岸線。
シダが地面を覆う照葉樹林帯。

アップダウンを繰り返すこと1時間半。
次の入間の集落までも、また1時間半。

ちょうど真ん中、最奥部とも呼べる場所に、
「富戸の浜」と呼ばれるシークレットビーチがあります。

かなり体力使う山歩きを1時間半かけて辿り着く、隠れビーチ。
泳ぐにはちょっと早すぎる時期ではあるけれど、魅力的なことに変わりはない。
地図を見た時からお昼はここで休憩しようと決めていました。

が、最後の峠を越え、降りていくと、
海を旅してやってきた、木肌が真っ白に磨かれた木々以外の隙間から、
やたらカラフルな物体が目につきます。

赤、青、緑、黄色。自然の色ではない人工的な色たち。

果たして、それらは、ブイ、バケツ、網といった漁具。
赤い三角コーンに靴底。
日本語だけではないペットボトルの数々。お菓子の袋。

ありとあらゆるゴミが、波とともに漂着しているのでした。

人がいないからといって、ビーチが綺麗だとは限らない。

昔、今のようにプラスチックゴミ問題など誰も話題にしなかった頃、
何気なく側溝に捨てた、道端に気づかず落とした、
風で舞っていってしまったビニール袋は、巡り巡って、
この小さな浜で、人との再会をじっと待っていたのでした。
まさに因果応報。

「分解されないプラスチックゴミ」
「太平洋ゴミベルト」
「胃の中から大量のゴミが発見された鯨」

さまざまな情報が、テレビで、ネットで、書籍で入ってきて、
現代の便利なプラスチック漬け生活に警鐘をならしているのは、
知識としては知っています。

ですが、こうやって実際目の前で体験すると、
今までの二次元の、なんとなく他人事の情報が、
いきなり三次元で輪郭をもって出現すると、気持ちが動揺します。

ここでの光景は、イガイガのように、今でも喉元に引っかかったままです。

そして4日ぶりに戻る東京駅。

大自然を旅した後には毎回感じるのですが、
光と音と人の大洪水は、刺激が強すぎて、気合を入れ直さないと戻れません。

家へ向かう通勤電車に乗り込むとき、私はラッコになります。

哺乳類であるラッコは海を泳ぐとき、自在に耳と鼻を閉じて
水が入らないうようにするのだそうです。

大自然の中で浄化された私も、ラッコのように耳と鼻を塞いで、
都会の海へと戻っていくのです。

参考:

「伊豆半島ジオパーク公式ガイドブック 伊豆ジオ100」
「名勝 伊豆西南海岸 南伊豆を歩く」
「与平の日記―波勝崎に野猿と生きる」

<文、写真とも 青崎涼子>

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