【ちきゅう部だより】第1回 ゾウのいる国で暮らすこと
こんにちは
どうぶつ基金事務局です。
今回から「ちきゅう部だより」の新シリーズをお届けします!
長年コンゴ共和国に住んでゾウと人間の共存問題に取り組まれている
萩原幹子さんが現地での活動の様子をお話してくださいます。
遠く離れたところでも同じちきゅう上にいる動物たちやそこにいる
人たちの“今”が届く新シリーズ、ぜひご一読ください!
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第1回 ゾウのいる国で暮らすこと
はじめまして。
アフリカは中部にあるコンゴ共和国に住んで18年になります萩原幹子と申します。
これから6回にわたり、コンゴで行っている仕事のことや、生活のことなどを
ご紹介させていただきます。
コンゴ共和国の国土は南北に長く、面積は日本とほぼ同じですが、
人口は500万人ほどと、人口密度がとても低い国です。
しかも人口の大部分が南の都市部に集中していて、一歩首都圏を出ると
広大な平原や森林地帯が広がっています。
地方の町や村では人々は自然に囲まれて暮らしています。
アフリカ中部にあるコンゴ共和国、首都ブラザビル
首都から車で30分走るとこのような風景が広がっています。
私がそもそもコンゴ共和国に来ることになったのは、イギリスの大学院で
取り上げたテーマ「ゾウと人間の共存」を実践するためでした。
大学院では2001年に修士論文のフィールドとして、ケニア山の麓の農家を
訪ね、ゾウに畑を荒らされたことがあるかどうか、野生生物管理当局に
通報したかどうか、聞いてまわりました。学校の教室ほどの広さしかない
小さな畑をゾウに一夜にして荒らされてしまった農家もありましたが、
白人の経営する大農場は電気柵で囲われていました。
ケニアでゾウの入り口を見せる農家
電気柵で囲われた白人の畑
この時は修士論文を書くためのデータ集めに必死でしたが、アフリカ人の
暮らしの本当のところ、ゾウの生息地で暮らす問題というのは、
2か月ぐらいの滞在ではわからないな、ということを実感しました。
ゾウは象牙・密猟のせいで絶滅危惧種に
アフリカゾウといえば、1970~80年代に象牙を取るために大量に殺され、
その数が激減してしまったことが国際的な問題となっていました。
象牙は日本をはじめ欧米、アジアなどに輸出され、アクセサリーやピアノの鍵盤、
日本では印鑑などに高級品として使われていて、ゾウがそのために次々と
殺されていることをほとんど誰も意識もしていなかった時代があったのです。
象牙を使った高級アクセサリー
象牙の輸出入は1989年にワシントン条約で禁止になりましたが、
密猟は続いていました。私の身近に密猟問題を感じさせてくれたのは、
ケニアのゾウ孤児院についてのドキュメンタリー番組でした。
シェルドリック・ワイルドライフ・トラストというNGOが、密猟で親が
殺されてしまった子ゾウを保護し、現地スタッフが哺乳瓶で子ゾウに
ミルクをやり、親ゾウに代わって一緒に寝て、昼間は散歩に連れていき、
成長したら野生のグループに引き取ってもらうという活動を
45年にわたって続けています。
私もゾウのために何かできることはないか、と思い続けていた1999年に、
その孤児院を訪ねることができました。でもここへ来て手伝えばよいのか
というと、それは現地の人たちのほうがよくできるわけで、そうではなく、
やはりアフリカへ来るためにまずはちゃんと勉強しよう、と思って
大学院に行くことにしたのでした。
https://www.sheldrickwildlifetrust.org/
密猟問題は今もまだ終わっていませんが、長年にわたって様々な関係者が
努力を続け、生息国や象牙消費国でパトロールの強化や、密輸の取り締まり
強化、消費者には買わないようにという普及がなされてきました。
そして「象牙の需要を無くすことが大事」という観点から2016年の
ワシントン条約会議の決定を受けて、国内で象牙製品を売ることを
政府が禁止する国が相次ぎました(日本は合法に象牙を売買している
世界最大の市場です)。それでもまだゾウの数は元にもどるには程遠く、
保護しなければならない種に分類されたままです。
コンゴでもマルミミゾウの密猟が
私がゾウの畑荒らし問題の調査で初めてコンゴに来たのは2004年でした。
当時はオザラ・コクア国立公園の拠点のあるンボモ村でも、密猟がしばしば
摘発されていました。戦闘銃と弾薬を村に送り込む人がいて、森のことを
よく知る村人が密猟者として雇われていたのです。
ある時、国立公園のレンジャーと警察官が、逮捕された密猟者が象牙を
隠しておいたという森の奥深くに、象牙を取り出しに行くのに同行した
ことがあります。道ともわからない道を、時には川の中に入り、
森にゾウを追って入るというのはたいへんなことだとわかりました。
サバンナでは密猟者を捕まえるために、時にはレンジャーと銃撃戦になる
こともありますが、ここでは、こっそり情報収集をして怪しい密猟者を
待ち伏せして逮捕する、というケースが多かったようです。
そして首都にいるときも一度、コンゴ人が私を中国人だと思って寄ってきて、
象牙を買わないかと言ってきたことがあります。警察に通報するぞと言うと
あわてて逃げて行きました。
森の中に隠しておいた象牙を取り出す、逮捕された密猟者
2004年から2008年まで畑荒らし問題の調査を行ったあと、しばらく私は
森から離れていたのですが、2021年にこのンボモ村に戻ってきたら、
密猟はほとんど無いということです。公園関係者だけでなく、村の長老も
こう話していました。
「かつて密猟をやっていた狩猟者たちはもう年老いて亡くなってしまったし、
世界でも象牙はもう価値が無くなっているそうだから関心も無くなっている。」
一番大きな象牙市場のあった中国も国内での販売を禁止したことが
大きく影響しています。
現地の人々にとって深刻な問題:ゾウとヒトとのコンフリクト
そして密猟問題に代わって近年アフリカゾウ、アジアゾウの住む国々で
より深刻な問題になっているのが、人間とのコンフリクト(軋轢)です。
多くの国では、人間の利用する土地の範囲がどんどん広がり、ゾウの住む
エリアに進出していったために、人間との接触が多くなってしまった、
という原因があります。ところが、ここコンゴでは、マルミミゾウと
呼ばれる森林ゾウが棲む森林地帯は広大にあり、そこからゾウが人間の
活動範囲に出てきてしまうようになったため、コンフリクトが起きています。
なぜ?と思われますよね。
確たる答えは研究者たちの間でもわかっていません。
マルミミゾウ:サバンナにすむゾウよりも小型で耳が丸っぽく、主に
中部~西アフリカの森林地帯に住む
考えられる原因はいくつかあります。
1. 森の奥深くで密猟がある場合は、危険を感じたゾウが、より安全な
人間の住むゾーンに出てくるようになります。
2. 村人たちは村の周辺で、数年ごとのサイクルで森林を開いて畑を
耕していますが、収穫の終わった畑はしばらくすると二次林と呼ばれる
森に戻り、そこに生えている新しくてやわらかい木々や草を
ゾウは好んで食べます。
3. ゾウは森の中にある木の実や葉を探しながら歩き回っていますが、
畑の作物は一か所で一度にたくさん栄養を取れるので、一度味を
占めると手軽に食べられるほうを選んでいるのかもしれません。
4. 隣国ガボンのロペ国立公園で30年にわたって行われた調査で、森の
中でゾウが食べる木の実の量が81%も減ったという結果が3年前に
発表されました。気候変動のせいだと言われています。このようなことが
他の地域でも起きている可能性があります。そのため本来食べ物が
豊富にあったはずの森から出てきてしまっているかもしれないのです。
ゾウが好んで食べる森の木の実
マルミミゾウは森の木の実を食べて、森の中を歩き回ることで、その種を
糞の中でまき散らして、それが発芽して、森の自然の多様性、豊かさを
維持するのに非常に重要な役割を果たしています。ゾウを守ることは、
ゾウやその他の動物が暮らす環境を守ること、ひいては地球環境全体を
守ることにつながります。その意味で、野生生物と人間が調和の中で
暮らしていくことは、これからの地球環境にとって、とても大事な問題と
考えられています。
ところがゾウが畑を荒らしにやってくる現地では、そんなことは崇高すぎて、
怒っている村人に話している場合ではありません。そこで私もどうにか、
ゾウが人間の敵にならずに、お互い平和に暮らすためになんとかしたい、
と奮闘しはじめたのですが、それは次回にご紹介します。
萩原幹子
プロフィール
日本で会社員をしながら野生生物保全論研究会(JWCS)など
複数のNGOのボランティアを経て退職後、
2002年イギリスのケント大学で保全生物学修士取得。
2004年から3年半、中部アフリカのコンゴ共和国オザラ国立公園で、
マルミミゾウの畑荒らし問題の調査にたずさわり、そのままコンゴ共和国在住。
現在はフリーランス・コーディネーター、JWCSのプロジェクトスタッフ。
2021年から再びオザラ国立公園でマルミミゾウの畑荒らし問題に関するプロジェクトを実施中。
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