【ちきゅう部だより】第3回 マルミミゾウの畑荒らし対策(2)

こんにちは
どうぶつ基金事務局です。

本日は「ちきゅう部だより」新シリーズの第3弾をお届けします!

長年コンゴ共和国に住んでゾウと人間の共存問題に取り組まれている
萩原幹子さんから届くお話。

前回はマルミミゾウが畑を荒らしてしまう問題に対して
村人たちがいかにいろんな対策を行っているかを知ることができました。

しかしながらゾウに対する対策だけではなく
国が違えば事情も異なり様々な問題が起きていました。

人間もゾウも問題がなく暮らせることが理想ですが
リアルな生活事情が見えてきます。ぜひご一読ください!

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第3回 マルミミゾウの畑荒らし対策(2)

コンゴ共和国北部のオザラ・コクア国立公園で、マルミミゾウから畑を守る、
比較的安価で簡単な方法を発見したことを前回書きました。ただその方法は
農民自身で実施するには、柵にする布や廃油などの材料が村では
手に入りにくいので、外部からの援助が必要です。

様々な方法を模索している間にも次々と畑荒らしが起きていたので、
私はそのたびごとに、被害にあった作物とその数を記録していました。
一方農民たちは、何も対策を取ってくれない公園当局や政府に対して
ますます怒りを募らせていました。

するとある日、かねてから村人たちの願いであった「パパゾウ」を殺すことに
政府が許可を出しました。といっても村人が殺していいのではなく、しかるべき
管轄の役人の管理のもとで2頭殺すという決定です。私は複雑な思いで
その決定を聞きましたが、村人たちは喜んでいました。ところが、何か月たっても
実施される気配はありません。聞いてみると、本当に実施するためには、
約120キロ離れた県庁所在地の街から、警察や軍隊もやってこなければならないので、
そのための出張経費がおりるのを待っている、ということでした。

これはコンゴではよくあることです。役人たちにやる意志があっても、
経費がなかなか出ないせいで行われない。アフリカの政府の中の仕組みの
よくわからないところです。それで結局この決定は、一時的に村人たちの
怒りを鎮めるために出されただけなのではないか、と皆言うようになりました。

そしてまた村人たちの怒りが高まり、ついに、私が滞在していた村にある
公園の拠点である事務所を封鎖するという行動に出ました。つまり、公園職員
であるエコガード(レンジャー)たちのパトロールを拒否するというものです。

私はそのとき、その事務所のそばの家に住ませてもらっていたのですが、
300メートルぐらい離れた村の端にある、使われていない病院の建物に住めばいい、
つまり出ていくように言われました(警備員も誰もいなくなってしまうので)。
そしてエコガードでもあり村人でもある公園スタッフが見守る中、村人たちは
事務所の扉や窓を木材と釘で封鎖しました。エコガードたちは村人と一緒に
村に住んでいますが、公園の管理職の人たちは県庁所在地の街や、南部の
公園本部にいて、たまにしかやってこないので、彼らはただ封鎖のことを無線で
知らされただけで、飛んでくるわけでもありませんでした(当時は
携帯電話の電波もありませんでした)。


村人たちに淡々と閉鎖された公園事務所

私は引き続き自分の仕事を続けていましたが、私が買い出しに街に出ていた
あいだに、悲しい出来事が起きてしまいました。村のすぐ近くの繁みの中で、
ゾウが殺されてしまったのです。村にも銃声が聞こえたそうです。
が、誰が殺したのかは、わかりません。もしかしたら村人たちは知って
いたのかもしれませんし、村人の中に密猟者がいたのかもしれませんが、
私の耳には真相は入ってきませんでした。そして、この1頭のゾウの死のせいで、
畑荒らしが収まるのだろうか、と注目されましたが、変わらずゾウは
畑を荒らし続けました。

パトロールが行われないまま日々が過ぎてゆき、有効な対策のなかった政府は、
とりあえず村人に被害をお金で賠償することにし、私が集めたデータが
使われることになりました。森林経済省という、森林伐採の管理、森林や
野生生物保全を担当する省では、経済価値のある農作物や木の賠償価格
というものが法律で決められています。それにもとづいて、私が集めた
生の被害データで賠償額を計算すると、恐ろしく膨大な金額になったようです。
私は村長や村の事務局長に被害データを渡したのみで、政治的問題には
関与したくありませんでしたので、その過程にはノータッチでいました。
すると村の役人たちの作為で、被害があったのにお金が支払われなかった人や、
被害が少なかったのに多額をもらった人が出たようです。


村でなにかあると、このように村人たちはみな屋根の下に集まります

このように、マルミミゾウの畑荒らしはどんどん政治問題化していきました。
またかつて村を出て行った、ベテランの密猟者が村に戻ってきた、という話も
聞きました。このような状態では、問題は私個人で奮闘しても解決できる
レベルを超えているので、調査のための助成事業が終わると同時に北部での
仕事も終わりにしました。調査研究の名目よりも、何か事業を実施できる
資金を持ってきて、村人たちの経済を活性化するほうがよいのかもしれない、
とも考えました。たとえばその地域では、かつて政府がカカオを買い取って
いたころのカカオ園が残っていて、当時は細々と売られているだけでした。
カカオ栽培をまた復活させて加工品も作ることができれば、という案だけは
みな持っていましたが、後押ししてもらえる援助を必要としていたのです。
ただこういう活動は簡単に資金を見つけられるものでもなく、私もコンゴの
首都圏に住むようになり、しばらく森から遠ざかっていました。


わずかに残って手入れされていたカカオ園

その後たまに機会があって聞くと、公園北部のゾウによる畑荒らしは
収まっているとか、少しだけある、ということで、かつてのようなひどい状況
ではないようでした。そして森を離れて7年後の2015年と2017年に、
日本のテレビ取材で最初にいた公園南部ンボモ村に行く機会ができました。
そのころから、南部ではマルミミゾウの畑荒らしが徐々にひどくなり始めていました。

知り合いの村人やかつてのアシスタントから、畑荒らしがひどいのに公園当局は
何もしてくれない、という話を聞き続けていて、コロナウィルスも落ち着いて
きたのでいよいよ、私にも何かできるかもしれない、ということで、日本から
助成金を得て、2021年にまた最初のンボモ村に行けることになりました。
(公益信託地球環境日本基金)

私が2004年にまるまる1年いたときはEUが出資するECOFACというプロジェクトで
公園が管理されていましたが、現在は南アフリカに本部があるアフリカン・パークス
という大手NGOがコンゴ政府と契約して公園を管理しています。ゾウの畑荒らし
問題にも担当者がいます。ですので私は最初は、公園がどんな対策を取っているのか、
という情報収集から始め、私が実験して北部でうまくいった廃油と唐辛子の方法が、
果たして南部でも効くかどうか、試験的に設置に取り組み始めました。

ンボモ村のゾウによる畑荒らしは村の周辺あちこちで発生するようになっており、
それにより村にはキャッサバが不足して近郊の村から買わねばならないほどに
なっていました。また農作物を売って子どもの学費や病気の治療代にあてる
こともできないため、学費が払えず学校に行けない子どもたちも出ていました。

公園はフラッシュライトを設置したり、深夜の見回りスタッフを置いたり、
巣箱がゆすられて出てくるミツバチがゾウを不快にする目的でハチの巣箱を
設置したり(サバンナのアフリカ諸国で実施されている方法)、農民には
懐中電灯を配ったりしていましたが、実質有効な防御方法はありませんでした。
また、「保険金」を払った畑に限り、被害にあったときには上限付きで補償金を
出すという制度を作っていましたが、補償金は汗をかいての肉体労働の賃金や、
人を雇って開墾・植付をしたキャッサバ畑から本来得られる収入のごく一部で
しかなく、村人たちには全く不評でした。


国立公園がゾウ対策に設置したミツバチの巣箱、ミツバチが入りませんでした

正直なところ、村人たちがこんなに困っているのに、何年も何もできていない
公園当局、そして村人たちのすぐそばで、公園職員だけはそんな状況に関係なく
毎月給料をもらっている、という状態に、なぜ何年も平気でいられるのかと
私は村人と同じように腹立たしくなりました。

そこでデモンストレーションも意識して、廃油と唐辛子に浸した布の柵を、
多くの人が目にすることができる、ンボモ村に入ってくる幹線道路沿いにある
畑に設置しました。そこも毎日ゾウが畑にやってきており、畑主は毎夜夫婦で
ゾウを追い返すという眠れない夜を過ごしていたのです。すると即効でゾウが
入らなくなり、畑主も大喜び、この柵の噂はあっという間に広まりました。


道路沿いの目立つ畑で廃油と唐辛子の柵を設置

国立公園担当者にもやり方を教えたので、その後、国立公園もこの方法を
取り入れ、ンボモ村ではない他所の村の一部の畑に設置しました。というのも
アフリカン・パークスは国際助成団体から、電気柵を設置する援助を受けられる
ことになったのです。電気柵はゾウから畑を守る究極の、しかし最高級の方法です。
その柵で村を中心として5キロメートル四方を囲み、その中で畑を開墾すれば安全、
というものです。ただ柵を設置する20kmのルートを、森の繁みを切り開いて
作るのはたいへんな作業です。2022年10月から始まって、8か月たった現在も
まだ終わっていません。ンボモ村は公園の境界線上にあるので、先に
国立公園ではない方面を囲い、徐々に中にいるゾウを公園の中へ追い出そう
ということだそうです。村人は長引く作業に半信半疑ながらも、その柵の中で
開墾できるのを待っています。


ゾウだけでなく人間も触ると軽く感電する電気柵。
森を開いて設置する電気柵は、常に生えてくる草木の手入れもたいへん

私も電気柵が機能始めるまでのあいだは、その中でも緊急を要する畑に、
そして電気柵の中に入らない、ンボモ村から離れた畑に、現地スタッフを
雇って次々と廃油と唐辛子の柵を設置しました。ただ、畑主がやる気を持って
メンテナンスしてくれなければ、杭が倒れたり布が破れたりすると、
ゾウがそこから入ってしまいます。そこで、畑主にも杭にする木をそばの森から
切り出すという仕事を負担してもらうことにしています。自分も関与した
柵のほうが、ちゃんと維持しようという気になってくれるからです。

マルミミゾウは、2021年にンボモ村で活動を始めてから、2022年の10月ごろと、
2023年の3月ごろの2回だけ、畑に出る頻度が減りました。依然として
村の周辺はすっかりゾウの生息域になったままです。もしかしたら人間が
増えるより前から、ここが国立公園になる前から、この一帯もゾウの行動範囲の
一部だったのかもしれませんし、ゾウを完全に人間の活動域から遠ざけることは
不可能です。ゾウが被害を起こさないでくれて、村人が安全に暮らせれば、
たまにゾウに出会える村の暮らしはなんてステキなんだろう、と思ってしまいます。
ゾウが人間の敵にならないことを目指して、まだ私にできることがあるうちは
がんばってみたいと思います。

次回は国立公園の役割とコミュニティとの関わりについて書かせていただく予定です。

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2021年から行っている廃油の防御柵は、公益信託地球環境日本基金の助成によります。
http://www.koueki-jtge.jp/furtherance/2021/report2109.html
https://www.jwcs.org/work/community/

萩原幹子
プロフィール
日本で会社員をしながら野生生物保全論研究会(JWCS)など
複数のNGOのボランティアを経て退職後、
2002年イギリスのケント大学で保全生物学修士取得。
2004年から3年半、中部アフリカのコンゴ共和国オザラ国立公園で、
マルミミゾウの畑荒らし問題の調査にたずさわり、そのままコンゴ共和国在住。
現在はフリーランス・コーディネーター、JWCSのプロジェクトスタッフ。
2021年から再びオザラ国立公園でマルミミゾウの畑荒らし問題に関するプロジェクトを実施中。

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