【ちきゅう部だより】第6回 ワシントン条約について
こんにちは
どうぶつ基金事務局です。
本日は「ちきゅう部だより」コンゴからのシリーズ・第6弾をお届けします!
長年コンゴ共和国に住んでゾウと人間の共存問題に取り組まれている萩原幹子さんから届くお話。
今回は、誰もが一度は耳にしたことがあるだろう「ワシントン条約」のお話です。
なんとなく聞いたことはあっても、定期的に会議が行われ様々なことが
話し合われているのはあまり知られていないかもしれません。
国や立場が異なることで主張がぶつかりあっている、その現場に実際に参加された
萩原さんからのレポート、とても勉強になります。
ぜひご一読ください。
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第6回 ワシントン条約について
みなさん「ワシントン条約」についてどれぐらいご存知でしょうか。
海外旅行をされる方は税関で、ワシントン条約で持ち込んではいけないことに
なっている動植物やその製品の展示を見られたこともあるのではないでしょうか。
条約や規制の話は難しい、関係ないわ、と思われてしまうかもしれませんので、
ここではわかりやすく以下について書かせていただきます。
- わたしたちの日常に関係すること
- 条約に批准している国々が集まる「締約国会議」ではどんなことが話し合われているのか
- コンゴではどのように条約の決定事項が実践されているのか。
ワシントン条約の正式名称は
「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約」で、
英語名Convention on International Trade in Endangered Species of
Wild Fauna and FloraからCITES(サイテス)とも呼ばれています。
ワシントン条約のウェブサイト
https://i.r.cbz.jp/cc/pl/gxrx5667/e8bpqsm8aget/imdvi6zs/
環境省のウェブサイトには、条約の目的がこのように書かれています。
「輸出国と輸入国とが協力して国際取引の規制を実施することで、国際取引の
ための過度の利用による野生動植物種の絶滅を防止し、それらの種の保全を
図ることを目的とした条約です。」
https://i.r.cbz.jp/cc/pl/gxrx5667/m7d1akltnw40/imdvi6zs/
つまり国内消費のために採られすぎたり、生息地が無くなってしまったり等の
理由で減ってしまった種ではなく、国境を越えて売り買いされる種が対象です。
その多くが、先進国でぜいたく品として好まれるために、途上国も貧困ゆえ
お金が欲しいため乱獲してしまうという問題があります。しかも国内での売り買いと
違い、国際取引となると規模も大きく、コントロールがたいへん難しく複雑です。
自分は外国から持ち込まないから関係ない、と思っていても、非常にたくさんの
動植物やその製品が業者によって輸入されて、日本国内でも売られています。
条約での規制は、その厳格さに3段階あります。附属書Iには最も絶滅の危機の
高いものが掲載され、商業目的での取引は禁止、それ以外の目的の場合
(研究目的など)は輸出入国両方での許可書が必要になります。附属書IIは、
絶滅の恐れがあるので、取引を禁止するのではなく、取引を管理するために
掲載します。輸出する側が、その国の許可書を得ていなければなりません。
附属書IIIは、生息国がその国の種を守りたい、という理由で掲載します。
やはり輸出する国の許可書が必要になります。
日常の中のワシントン条約
条約で取引が規制されている、最も代表的なもののひとつは、象牙製品です。
第1回に書きましたように象牙を取るためにゾウが大量に殺されてしまい、
1989年にはこのワシントン条約で、象牙の国際取引が禁止になりました。
輸出入はストップしたのですが、禁止前にすでに輸入されていた在庫は引き続き
日本国内でも販売されてきました。これについては詳しくあとで書きたいと思います。
そのほかに、ペットショップで売られているサーバル、ショウガラゴなどの哺乳類や、
カエルなどの両生類、ヘビ、カメなどの爬虫類、オウムなどの鳥類の中には、
日本国内で繁殖されたものと、外国から輸入されたものがあります。
ワシントン条約で取引が規制されている種については、ペットを売っている店、
輸入してお店に卸売りしている業者などに対して、様々な規制があるのですが、
すべてのお店や業者が規則を守っているとは限りません。下記のサイトに詳しく
書かれていますので、エキゾチックペットが好きな方はぜひ参照してください。
エキゾチックペットガイド
https://i.r.cbz.jp/cc/pl/gxrx5667/biilpsj4hshw/imdvi6zs/
ヨーロッパでもエキゾチックペットは人気で、世界的に生物多様性に
影響をもたらすかも、というNGOが開催した会議のサイドイベント
水生動物では例えば、「はんぺん」に身がよく使われているサメの種が
附属書IIに掲載されることになりました。中華料理の「フカヒレ」は
サメのヒレですが、これも種によって規制があります。
植物で身近なものには、楽器や家具に使われているローズウッド(紫檀:したん)があります。
ローズウッドには多数の種類があるのですが、ブラジリアン・ローズウッドは希少になり
附属書Iに掲載されています。
マダガスカル・ローズウッドは不法伐採によって大量に切られすぎて、
附属書IIに掲載されました。最初ギターやチェロ、クラリネットなど、
楽器になっているものも規制の対象になりましたが、楽器業界の反対により、
規制対象外になりました。材料にする木材の状態では規制されます。
締約国会議で話し合われていること
ワシントン条約は1975年に発効し、現在184か国が批准しています。
これらの「締約国」の代表が2~3年ごとに集まって、附属書に掲載する種の改訂、
条約の運用に関すること、決定事項が守られているかのフォロー、その他締約国から
出される提案などについて、2週間にわたって話し合います。締約国会議は
日本でも1992年に京都で開催され、昨年19回目が中米のパナマで開催されました。
参加者は各国の政府代表者、日本の場合は外務省、環境省、経済産業省、
水産庁の役人と政府が指定する専門家が代表団を構成しています。
そのほかに、国連関係機関(UNEP、UNDP、FAOなど)、
IUCN(国際自然保護連合)、ITTO(国際熱帯木材機関)などの国際機関、
生物多様性条約など関連する条約の事務局、それとNGO(非政府組織)も
オブザーバーとして参加しています。決議への投票権があるのは締約国だけ
ですが、オブザーバーも意見を述べることができます。
2022年のパナマでの第19回締約国会議
NGOは非常に幅広い分野の団体が参加しています。昨年のパナマ会議では
193団体が登録していました。複数の分野で活動する国際的大手のWWF、
グリーンピース、WCSなどや各国のNGOのほかに、先に書きました哺乳類、
爬虫類・両生類、水生動物、木材など、それぞれの分野にもNGOがあり、
関連する議題がそれぞれの主張に沿うようになるよう、政府代表団に
ロビー活動を行ったり、動向を見守ったりしています。
私も野生生物保全論研究会(JWCS)のスタッフとして、ここ3回、
南アフリカのヨハネスブルグ、スイスのジュネーブ、パナマと参加しました。
それぞれの主張と書きましたが、種の保全のための条約とはいえ、種の保全を
優先する「保全派」と、利用の権利を守ろうとする「利用派」があるのです。
たとえばトロフィー・ハンティングといって、銃で狩猟をして獲物と記念写真を
撮り、頭のはく製や角を持ち帰るというレジャーをする欧米人にとっては、
規制が厳しくなってほしくないのです。トロフィー・ハンティングの協会があり、
彼らがそのレジャーのために支払う大金が、現地住民にも収入をもたらしている
と主張しています。ペット取引についても、爬虫類ペット協会、観賞魚協会などが
存在しています。規制される種が増えることで彼らのビジネスに影響が出るので、
不利な決定になりそうな場合は反論したいのです。
サメとエイの保全を訴えるNGO、会議場で着ぐるみでアピール
ただ、ある種を新たに規制するかどうかは、提案する国(よく複数の国々が
共同で提案します)が、その種が減っているという状況、その原因が国際取引で
あるということを詳細に報告して、守らなければならないということを科学的に
締約国に説得できなければなりません。個体数の状況には多数の科学者が
研究しているIUCN(国際自然保護連合)のデータがよく使われます。
提案に賛成する国と反対する国の意見が分かれてしまった場合は、投票で
3分の2の賛成が得られると採択されます。昨年の例では、アフリカのカバは
附属書IIに掲載されているけれども、繁殖がとても遅いので消費が上回り、
数が減っているため、各国の割り当てをゼロ(実質輸出禁止)にしようという
提案が、ベナン共和国ら西・中部アフリカ10か国共同で出されました。
頭数制限のもとに、カバの歯、牙が商業目的で輸出されているのです。
これは、アフリカでも地域によって個体数が安定しているところもある等の
理由もあり、投票では賛成・反対が50%ずつに分かれ、採択されませんでした。
会議の休憩時間に行われるサイドイベントで、写真やグラフを見せてこの提案への
支持を仰ぐセミナーがありましたが、なんと、日本のネットオークションで
カバの牙が売られている写真が使われていました、象牙の代用品になると。
カバのセミナーのスライド「その生態からカバは乱獲に非常に繊細です」
「カバの牙は象牙の代替としても商品化されています」と
日本のウェブサイトがセネガル人発表者のスライドに
投票結果はこのように大きなスクリーンに映し出されます
典型的な、保全派と利用派が全く折り合わない問題が、象牙です。
保全派は、いくら輸出入や市場を厳しく管理したとしても、象牙が商品価値を
持って流通し続ける限り、密猟・密輸はやまず、ゾウが減り続けてしまう
という主張です。これには欧米等の保全派の締約国、NGOだけでなく、
アフリカゾウの生息国28か国と非生息国3か国が参加している
「アフリカゾウ連合」が、ゾウの生息国自身の希望として、象牙取引の禁止を
続けること、象牙市場が残っている国は閉鎖すべきことを主張しています。
一方、ゾウの個体数が安定・増加している南部アフリカ―ボツワナ、
ジンバブエ、ナミビア、南アフリカは、政府が管理する象牙の在庫を輸出して、
保全活動の資金にしたい、この4か国の象牙に限って輸出を解禁してほしい
と主張しています。それを支持する日本を始めとした締約国もあります。
悲しいかな、両者は全く折り合わずに真っ二つに分かれてしまっています。
が、欧米による介入ではなく、アフリカ諸国のあいだでなんとか解決しよう
としていることがとても注目されます。
アフリカゾウ連合に参加している国
https://i.r.cbz.jp/cc/pl/gxrx5667/lwgkxyb7besv/imdvi6zs/
コンゴでのワシントン条約
締約国会議で決まったことは、締約国が自主的に、自分の国で実践しなければ
なりません。そのためには、国内の法律を整える必要があります。日本の場合は
種の保存法と呼ばれている「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する
法律」がその役割をしています。コンゴでは森林経済省の省令で、保護対象種を
指定して、これらの種を狩猟してはならないとしています。実際には、これまでの
回で書きましたように、森の資源とともに暮らしている人たち全員にそのことが
普及しているわけではないので、たまに保護対象種も狩猟されてしまうことも
あります。が、基本的に保護対象になっている生き物の多くが希少になっている
ので、違法に狩猟されてしまうことはそれほど多くはないようです。
普及のために保護対象種の一部をイラストで示した大きな看板、
首都から北部と西部へ続く国道の分岐点に立てられています。
右上には、逮捕されますよ、というイラストも
萩原幹子
プロフィール
日本で会社員をしながら野生生物保全論研究会(JWCS)など
複数のNGOのボランティアを経て退職後、
2002年イギリスのケント大学で保全生物学修士取得。
2004年から3年半、中部アフリカのコンゴ共和国オザラ国立公園で、
マルミミゾウの畑荒らし問題の調査にたずさわり、そのままコンゴ共和国在住。
現在はフリーランス・コーディネーター、JWCSのプロジェクトスタッフ。
2021年から再びオザラ国立公園でマルミミゾウの畑荒らし問題に関するプロジェクトを実施中。