【アジアの動物事情レポート】第2回 シンガポールの動物事情と病院の実状

こんにちは
どうぶつ基金事務局です。

本日は新シリーズ「アジアの動物事情レポート」の第2弾をお届けします!

アジアの獣医師事情や動物を取り巻く環境についてレポートしてくれるのは、
獣医師として動物愛護に取り組む藤田舞香先生。

今回はシンガポールでの動物に関するリアルな実情を知ることができます。
国をあげて多くの制度や仕組みが確立されているシンガポール。
その取り組みを知ることで学べることも多くあります。ぜひご一読ください!

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第2回シンガポールの動物事情と病院の実状

皆さまこんにちは、獣医師の藤田舞香です。
今回は、シンガポールの動物事情についてお届けしていきたいと思います。

大都会ながら自然もあふれるシンガポールは、熱帯にも関わらず比較的
涼しくお散歩できる場所が多く、わんちゃん連れの方をよく見かけます。

一方、野良犬は全く見かけず、猫もときどき桜耳の地域猫を見かける程度です。
しかし、中心地から離れた自然の多いエリアには、意外にもたくさんの野良犬が住んでいます。
ファミリーで見かけることもあるので、そこで繁殖しているのでしょう。

最近では、人との接触で事故が起きたり、
襲われた地域猫が大けがをして病院に運ばれてくるケースも目にしました。
このような状況を受けて、後述の「野良犬管理プログラム」が5年前より国をあげて行われています。


中心地にある大きな公園 週末は多くの人が集まります

シンガポールで犬を飼う人は政府からライセンスを取得する必要があり、取得には手数料がかかります。
不妊手術が行われていない場合には、より高い手数料がかかる仕組みになっています。

国土が小さく人口密度の高いシンガポールでは、
国民の約8割がHDBと言われる高層の公団住宅に住んでいます。
HDBではペットは犬1頭まで、猫は禁止されており、犬のサイズにも規定があります。

そのため、シンガポールの保護犬の大多数を占める
中型雑種犬(愛をこめてSingapore Specialとも呼ばれています)は、
HDBが規定する犬のサイズ制限を超える場合が多く、
保護犬の譲渡先候補が狭まってしまう状況がありました。

これを受けて複数の愛護団体が手を組んで立ち上がり、
政府当局に提案する形で、Singapore Specialの譲渡に限り
HDBで飼育できる犬のサイズ制限を緩める「Project ADORE」というプロジェクトが立ち上がりました。
これにより、保護犬の譲渡数が大幅に増えました。


シンガポールには高層ビルが多く、猫の落下事故が多発してしまっています

シンガポールのペットショップでも、一部生体販売を行っています。
ただし犬や猫は少なく、ウサギなどの小動物が多い印象でした。
ペットショップに並ぶ子犬たちのほとんどはパピーミルから来ており、
都会から離れた人目につかない場所にいくつもあると言われています。
生体販売業者はライセンスの取得が必要ですが、ライセンスなしで営業するなど、
日本と同じく悪質業者もあるようです。

最近では、コロナ禍の影響でペット価格が急騰し、
例えばゴールデンレトリバーが平均130万円ほどになったそうです。

ただし、純血種であっても見た目に欠点があると値段は下がります。
人々が“かわいい”子を好んで選ぶ傾向があるからです。
すると繁殖業者は、より魅力的な見た目を追求するため、心身の健康が後回しとなり、
純血種の遺伝性疾患や問題行動が蔓延する原因になります。
一般の人々による“かわいい純血種”への需要が、悪質業者を含む生体販売ビジネスを後押ししているのです。

シンガポールの動物愛護団体は、「買うのをやめれば虐待も終わる」と人々に発信しています。
これは日本に対しても同じことが言えるかと思います。


ペットショップにて 小動物の展示の様子

街中には鳥専門店も

さて、私が実際に働いていたのが、世界各国にネットワークを持つ
SPCA(Society for the Prevention of Cruelty to Animals)という非政府系の動物愛護団体でした。

SPCAは、24時間年中無休の動物レスキュー、虐待事件調査、保護動物譲渡プログラム、
市民教育、迷子のペットの対応、地域犬猫への不妊手術、不妊手術チケットの配布、
シェルター運営、政府による野良犬管理プログラムへの協力など、
多くの側面で動物福祉に貢献している団体です。

日本でイメージするボランティア主体の動物愛護団体とは大きく異なり、
正社員として各部門のプロフェッショナルを雇っていて、経理や広報の部署があったり、
社員教育や評価制度もあって、一つの大きな会社のような組織でした。

毎月200頭以上の動物を受け入れ、年間運営費用は約3億円近くにもなると言われていますが、
インターネットでの発信や教育・啓蒙のリアルイベントでかなりの知名度や信頼を集めていて、
多額の寄付が集まり、運営することができています。

このように、人を雇うと人件費はかかりますが、
仕事として行うことでスタッフにも時間的・経済的な無理がなく、
高い水準のアウトプットができる結果、それを上回る成果が出せているように思います。

目の前の動物たちのお世話に追われるだけではなく、持続可能かつ長期的な目線を持った活動が、
好循環を生んでいるように感じました。


SPCAの様子 大きな敷地内にシェルターと病院が併設されている

多数の動物を抱えるシェルターでは、感染症対策は非常に重要な課題です。
パルボウイルスをはじめ、感染力、致死率の高い感染症症例も頻繁に見られます。

シェルターメディスンの考え方に基づき、新しく来た動物たちは、複数の隔離プログラムや
感染症予防プログラムを経て、譲渡対象となる健康な動物のゾーンに段階的に移っていきます。

この時、途中で感染症を発症したり、その疑いがある場合は、
各段階に設置された一時隔離場所にて治療を行い、完治してから元のプログラムに戻ります。
常に一方通行で、感染症症例とそうでない動物が入り混じることがないように設計されています。

また、病院に来たすべての犬猫ウサギにはマイクロチップが設置され、
地域動物であっても過去の治療・手術歴等がわかるように管理されています。
大規模シェルターの中には、定員超過や性格などを理由に安楽死を行うところもありますが、
ここでは健康な動物に対する安楽死は一切行われていません。


SPCAシェルターの様子 6角形構造で見渡しやすく動線もよい

2018年に、SPCAと政府が協力して推進する野良犬管理プログラム「TNRM」が立ち上がりました。

Trap-Neuter-Rehome/Release-Manageの頭文字を取ったもので、
TNRに加えて、リリースした後の管理とサポートも含まれています。
専属チームを結成し、5年間でシンガポール全土の野良犬の70%に不妊手術をすることを目指しています。

このプロジェクトは、まず政府が市民の声を聴いて予算を組み、捕獲をTNRMチームに指示し、
捕獲した犬をSPCAに運び、SPCAが手術や譲渡をサポートする、という流れで行われます。
この時SPCAで行われた処置にかかる費用は政府から支払われるため、
SPCAにとっても利益となり、win-winの関係になっています。

実際の捕獲は、砕いたローストダックを餌に手作りの大きな檻におびき寄せ、
奥に入ったところで扉を閉める、というスタイルでした。
扉を閉める際、当初は、長い紐をつないで遠くから引っ張る方法をとっていましたが、
現在では独自に開発したリモコン式の電動装置を用いています。

餌を設置して最初に食べ始めるのがそのグループのボス、他の犬は檻の外で順番待ちをするため、
まずこの様子からグループ内の序列を把握します。
ターゲットがボスの場合は比較的簡単ですが、それ以外の場合は
ボスが満腹になって外へ出るのを待ち、ターゲットが中に入ったところを狙います。

餌やりさんと協力できる場合は、ターゲット以外を先に満腹にしておいてもらうこともあります。
1頭用の捕獲器では、犬たちが学んで2頭目以降が入らなくなるため、
この大きな檻を使って一度に全頭捕獲することを目指します。

実際に同行させていただき、犬の賢さと戦いながらの炎天下での長期戦で過酷でしたが、
日本ではなかなかできない貴重な経験となりました。


扉を閉める電動装置をセットする様子

ボスが中で食べているため、ターゲットが入れず外で待っている

以上、シンガポールの動物事情についてお届けしましたが、いかがでしたでしょうか。

日本よりはるかに小さい国でありながら、いやむしろ国全土に手が行き届くからか、
政府と民間の団体が手を取り合って、公費を使って動物愛護に取り組む環境が、
非常にすばらしいと私は感じています。

藤田舞香
プロフィール
小動物臨床獣医師
都内の動物病院、全国各地の動物保護施設で診察や手術を担当
個人ボランティアとして地域猫のTNR活動にも携わる
2020年出雲市犬多頭飼育崩壊救済、2021年地域集中プロジェクト筑後
にボランティア参加
シンガポールの猫専門病院、動物保護施設勤務を経て、
現在はムンバイ(インド)の一般動物病院に勤務

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