【ちきゅう部だより】第10回 コンゴでの暮らし -都会と地方-

こんにちは
どうぶつ基金事務局です。

令和6年能登半島地震でお亡くなりになった方々の
ご冥福をお祈りいたしますとともに、
被災された皆様に心よりお見舞いを申し上げます。

本日は「ちきゅう部だより」コンゴからのシリーズ・第10弾をお届けします。

長年コンゴ共和国に住んでゾウと人間の共存問題に取り組まれている
萩原幹子さんから昨年12月に届いたコンゴでの生活のお話。
コンゴで18年暮らしている萩原さんの日常です。コンゴのお国事情と
そこでの日々の生活が伝わってきます。ご一読ください。

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第10回 コンゴでの暮らし -都会と地方-

これまでコンゴの森で起きていること、動物保全の国際条約会議の場で
話されていること、そしてコンゴの環境問題としてゴミおよびリサイクル
問題について書かせていただきました。ちらりちらりと垣間見えるコンゴ
の暮らしですが、コンゴとはいったいどんなところなんだろう、という
基本的な疑問をお持ちの方もあることでしょう。今回はコンゴに暮らして
18年になる日本人として、コンゴに暮らすというのはどういうものなのか、
ご紹介したいと思います。

アフリカと一言で言っても、54か国それぞれに独自の文化や習慣があります。
外国人にとってコンゴは暮らしやすいか、と聞かれると、おそらくとっても
暮らしにくい国、というのが正直なところでしょう。色々な問題がありすぎる
のですが、その一部、ライフラインのインフラについて書いてみます。

電気は首都圏およびその郊外、全国12県の県庁所在地にはほぼ敷設されて
いますが、地方の小規模な町や村々には電気はありません。

水力発電所が南部、中部、北部と3か所あり、数百キロとかなり遠くまで
送電しています。が、送電技術の問題で、本当によく、毎日のように
数時間から長時間まで停電があります。数年前に電気公社から半官半民に
なった電気会社が、設備の工事をしているためだと説明していますが、
いつまでも終わる気配がありません。都会の高級マンションや大手企業
では、停電すると同時に発電機を使うようになっていて不自由することは
ありませんが、官庁のオフィスにはレベルの違いがあり、「今日は停電
なので書類は出ません」と平気で言うようなところもあります。
一般家庭でも富裕層は停電に備えて発電機を持っています。


首都の河岸道路に続く道は街灯があります

電気会社の電気の届かない村では、たまに村出身議員がいて、村全体に
送電可能な大型発電機を寄贈することもありますが、故障すると放置
されてしまったり、燃油が届かず発電されないこともあります。ですが
携帯電話は普及しているので、小型発電機を使う商店や、ソーラーパネル
で充電する充電屋があります。

私が住んでいるのは首都から45キロの村(人口は3,000人)で、電気も
供給されていますが、新しく建てた家に電気を引くにはお金がかかるので、
電気の無い家もまだたくさんあります。公立の小学校、中学校もつい最近
外国の援助で電灯がつきましたが、それまでは電気はありませんでした。
あとこの村は高原にあり、落雷が多く、雷で変電設備が焼けてしまう
ことがよくありましたが、最近は雷が始まると予防的になのか、停電に
なるようになっています。

電気の無い生活というのは、あまり想像がつかないかもしれません。
コンゴの夜は真っ暗です。街灯が国道沿い以外はほとんどなく、住宅街
では各個人宅や商店などが外につける電灯のみです。一昔前までは、家庭
では夜は灯油ランプを点けるのが常識でしたが、いつ頃からか、安物の
中国製の懐中電灯にとって替わりました。ソーラーパネルのついた懐中
電灯もあるのですが、すぐダメになってしまいます(第9回参照)。
スマホについている懐中電灯機能は、ここではとても大事です。


灯油ランプは点け方、消し方すら知りませんでしたが、とても風情のあるものです

オザラ・コクア国立公園の村でも電気会社が発電機と電柱電線を設置した
にもかかわらず、故障といって一度も電気が流れず数年も放置されています。
ソーラーパネルで灯る街灯はあちこちに設置されたものの、パネルと
バッテリーが盗まれ始め、郡知事が全部撤去してしまったそうです。この
ソーラーパネルの街灯の盗難はブラザビル市内ですら同じ運命でした。市民
のためになるものを盗んで売ってしまうという事態には大統領も嘆いていました。


国立公園のンボモ村に敷設されている「飾り」と化した電柱・電線

停電が多いからといってそれを言い訳にできない仕事もありますから、
私も常に対策を考えておかねばなりません。スマホにモバイルバッテリー
を使ったらすぐ充電していつでも使えるようにしておきます。パソコンは、
停電中はなるべく素早くバッテリーがもつうちに仕事をします。自宅に
発電機もあるのですが、よく故障するのでメンテせねばならず、燃油を
買い置きしておかねばならないなど、こういうのが疲れてしまいます。

次に水道です。首都圏には水道公社から数年前に半官半民になった水道
会社が、水道水を供給しています。が、高級住宅以外では、自宅の中で
洗面所やお風呂の蛇口から水道が出るようになっていません。敷地内や
住宅街共有の水の出る蛇口で水を汲む方式です。それにはもともと食用
油の入っていた25リットルのタンクが大活躍しています。この水道も、
出たり出なかったりということが頻発していましたが、半官半民になって
以来少しは改善されているようです。それでも、首都の真ん中に住んで
いても、タンクで水を汲んでおかなければならないという生活、
2,3日水道が出ないことがあるため常に水をストックしておかねばならない
生活というのも、疲れますね。そこで水道会社の水道以外に、個人的に
地下水をくみ上げるポンプを設置しているところもあり、有料で近所の
人たちに毎日水を供給しています。


飲み水、調理水はいちいちこのようにタンクから出します

地方では、地下水や井戸水が主流です。やはりいちいち生活水を汲みに
行かねばなりません。私の住んでいる村にも水道はありません。幸い私の
家の一帯は湿地帯で、井戸を数メートル掘るだけで水が出ます。村の他の
エリアでは井戸も無いため、何十分も歩いて手押し車で水を汲みにうちの
方面へやってくる村人がたくさん見られます。この井戸は地中にたまって
いる雨水ですので、大乾季の6月~9月には枯れてしまうか、かなり量が
減ってしまいます。また、雨季には雨水が重要な水資源です。雨が降ると
貯水できるバケツやタンクなどあらゆるものに雨水を入れないと、私も
落ち着きません。ただ井戸水も雨水も、水浴びや洗濯用で、調理や飲み水
には不適なので、うちでは首都方面の地下水をタンクで持ち帰っています。
このように、常に水のことを気にかけておかなければいけない生活という
のも、慣れてはいるのですが疲れてしまいます。

なお、コンゴには下水処理場が無く、生活排水は首都圏では溝から川や
海に流れ込んでいます。トイレの排水は多くは汚水槽から徐々に地中に
浸透させる方式です。汲み取り式のトイレもまだあります。つい最近
やっと、国立大学病院に汚水処理の施設ができたというニュースがあった
ところです。一方、地方では排水もほとんど地中に吸収されています。
食器を洗った水はあたりの地面に捨てますし、子どもの体は屋外で洗う
ので水も地面にそのまま流れます。心配なのは、私の行っている森の村も
そうですが、多くの人が小川に洗濯に行くので、合成洗剤の汚水が上流
である川に流れていってしまっていることです。地方も首都圏も、
コンゴ川本流に最終的には流れ込むのですが、アマゾンに次ぐ世界2番目
の流域面積を持つ川とはいえ、水の汚染が心配です。


首都を流れる川(大きな溝)。雨水、生活排水が流れ込むようになっています

次に問題なのは道路です。よく東南アジアの国々では渋滞がひどい話を
聞きますが、コンゴは人口が500万人と少ないぶん、車は決して多くない
と言えます。が、道路が狭すぎるせいで、渋滞が起きる地帯があちこちに
あります。ブラザビルに来た人たちが驚くのはタクシーの多さです。
タクシー、バスはブラザビルは「緑と白」、と決められていて、道路を
走る車は緑だらけです(各県ごとに色が指定されています)。車を買う
お金がある人は個人タクシーやバスを経営して、出費を回収するほうが
よいと考えるのです。あと自家用車を持つには維持費、燃油代がかかり
すぎるので、日本のように手軽に車を持てるわけでもありません。

私が初めて首都を歩き回り始めた2008年当時は、首都の中心部ですら
舗装道路が穴だらけ、溝がゴミだらけ、舗装されていない土の道路は雨が
降ると車が泥にはまりそうになる道だらけで、驚きました。しかしその前
から始まっていた全国規模での都市化プロジェクトで、各県で順に土木
工事が行われていたのですが、その年が首都の道路を集中的に舗装する
年で、みるみる首都の幹線道路と歩道がきれいに整備されていきました。
それでも、アスファルト工事が悪いのか、地盤のせいなのか、直しても
直しても穴ができてしまう箇所が首都の中でもあちこちにあります。
雨が多いので、水が溜まる場所はすぐに傷みます。通る車はいちいち減速
しなければならず、渋滞の原因にもなります。そして車のサスペンション
もすぐに壊れてしまいます。


首都の真ん中でもこのように穴が開いて減速しなければならない箇所があちこちに

コンゴの国土は南北に長く、南部で東西の都会を結ぶ国道、南部にある
首都から北部へ行く国道の2本が、人間も物資も輸送する幹線道路です。
南部の東西を結ぶ道路は中国の会社が数年前に整備して、それまで異常に
ひどかったところが快適に行き来できるようになりました。対面で2車線
ずつあります。が、北部へ行く国道は大部分が1車線ずつで、大きな
トラックが事故や故障で道をふさいだり、アスファルトが傷んで泥沼に
なってしまってう回路があるところなどもあります。


私が住む村は東西南北を結ぶ幹線道路が通っているのに、この狭さです


一歩住宅街に入ると土の道は雨でこのように泥沼に。
乗用車は通れません、四駆が必要です

私が行っているオザラ・コクア国立公園の村までは、首都から740キロ
ありますが、一部非常に傷んだ国道のせいもあり、二日がかりです。
最後の65キロだけが未舗装の土の道路で、草原や森を通っていきます。
昨年、土を運び込んでならして固めるという整備が始まったのはよかった
のですが、政府が工事費を払わないということで町から34キロ地点までで
工事はストップしてしまいました。残りの31キロは雨で道の両側から草に
覆われて狭まったり、大きな水たまりができているところもあります。
せっかく始まった首都から村までの直通大型バスも、最後の31キロが
ひどすぎるせいで、手前の町までしか行かなくなってしまいました。


ンボモ村まで来るようになった長距離バスが、雨による悪路のせいで
来なくなってしまいました


傷みのひどい場所は、乗客は下車して歩いて先に進んでから、バスだけで通過します

私は仕事のためにたまに行くだけですが、森の村で暮らしている人たち
はたいへんです。個人のピックアップトラックが輸送業をやっていて、
スケジュールは決まっておらず彼らの都合次第で、街に出る日が決まり
ます。ときには終日待ち続けることもあります。そこでバイクでも
行き来をよくしているのですが、泥水の中を通ったりと、65キロでも
2時間半以上はかかってしまいます。

電気、水道、道路のことだけで長くなってしまいましたが、これらの問題
に疲れてしまうのは、現代の忙しい生活リズムのせいだとも言えます。
昔、電気もスマホもなかったころのようなスローライフを営んでいれば、
イライラさせられることもないのかもしれません。私も最初コンゴに来て
森で調査していたときは、電気はなかったので、停電でイライラしたり
困ることもなく、平穏な日々でした。が、パソコンや電話を使って日本と
やりとりする仕事があると、この生活は本当にストレスです。
農業をやって、暑いときは木陰で涼んで、夕方もう一仕事して、という
ゆったりした生活に憧れます。

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萩原幹子
プロフィール
日本で会社員をしながら野生生物保全論研究会(JWCS)など
複数のNGOのボランティアを経て退職後、
2002年イギリスのケント大学で保全生物学修士取得。
2004年から3年半、中部アフリカのコンゴ共和国オザラ国立公園で、
マルミミゾウの畑荒らし問題の調査にたずさわり、そのままコンゴ共和国在住。
現在はフリーランス・コーディネーター、JWCSのプロジェクトスタッフ。
2021年から再びオザラ国立公園でマルミミゾウの畑荒らし問題に関するプロジェクトを実施中。

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